日本で大切にしたい会社 ~株式会社坂東太郎~


株式会社坂東太郎

~『幸せ日本一』のファミリーレストラン~

http://www.bandotaro.co.jp/

 

 

『親孝行・人間大好き』

 

が株式会社坂東太郎の経営理念です。

 

坂東太郎の親孝行とは
(1)ばんどう太郎の「親」とは
目上の人、上司、先輩、親、


 すべてお世話になった人を親といいます。

(2)ばんどう太郎の「孝」とは
相手に理解していただくまで


 誠心誠意人に尽くすことです。

(3)ばんどう太郎の「行」とは
自らの行動で実行し続けることです。


 人が育つ会社、人を育てる会社、

 人づくり企業を目指します。

 

『坂東太郎』は売上日本一を

目指すのではなく、

社員や仕入れ先社員、

そしてお客さまが幸せを実感できる

経営の本質である『幸せ日本一』を目指している

素晴らしいファミりーレストランです。

 

毎朝、開店前に従業員が表に整列し、

外に向かってお辞儀をするレストラン

茨城県内を中心に北関東一円にあります。

 

『親孝行』と感謝の気持ちを大切にすし、

四世代から愛せれる『坂東太郎』

運営しているレストランチェーンがあります。

 

創業者の青谷洋治さんは1951年に茨城県の

結城郡八千代町に農家で生まれました。

 

上に姉、下に妹、弟がいる四人兄弟でした。

 

親二人とも体が病弱くだったので、農作業のお手伝いを

小さい頃からやっていました。。

 

10歳の頃には、まだ外が暗いうちにから

肥えをいっぱい乗せた重いリヤカーを畑まで運び、

鍬を持って、畑を耕していました。

 

そんな青谷さんの小学校

6年生の夢は『社長になる』でした。

 

社長になって両親や兄弟に

お腹一杯に食べさせてたい!

子ども心にそんな夢を抱いたのです。

 

20歳の時家計の足しと、

『社長になる』という夢に近づくため、

農業をやりながら、夜はそば屋の

『すぎのや』でアルバイトを始めました。

 

朝、昼は農業で夜はそば屋だったので

睡眠は一日四時間くらいでした。

だから、アルバイトを始めて

半年後に過労で倒れてしまったのです。(><;)

 

その姿を見ていた妹のちえ子さん。

 

学校の先生になりたいという夢を持っていて、

青谷家でたった一人高校に進学をしたのですが。。

『お兄ちゃん、私たった今、

高校を退学してきました。

 

明日から畑は私がやるから、

お兄ちゃんはおそば屋さんで

修業して、一日も早く独立して

社長になってください。。。』

 

高校生になったばかりの妹が自分の夢をあきらめて、

畑仕事をやるというのです。。。(x_x;)

 

青谷さんは妹が居ないところで

男泣きに泣きました。・°・(ノД`)・°・

 

この日から青谷さんは人の3倍働き、

10年はかかるところを3年半で手に職をつけ、

23歳で晴れて独立しました。

 

青谷さんは一生懸命働いていたので

『すぎのや』の店主をはじめ、多くの人に

支援してくれたおかげで独立できました。

 

こうして青谷さんは『すぎのや』から

のれん分けしてもらう形で、茨城県で

そば屋『すぎのや堺店』をオープンしました。

 

さっそく『親孝行』をお店の理念にしてました。

 

車が行き交う国道沿いに『親孝行通り』と

書いた幟を100本以上もたて、

店の名前と理念を宣伝したおかげで

幸先のいいスタートを切ったのです。

 

もちろん、新婚間もない奥さんの

きみさんの働きも大きく貢献しました。

【人を殺すために商売をしているのか!?】

 

『すぎのや堺店』の売り上げの8割は出前でした。

 

生き残るために誰もやらない事を!

雨の日でも雪の日でもバイクで片道30分かかる所でも

断る事なく配達していました。

 

そのおかげで一日100件も達したので、

従業員を増やしました。

 

ある日バイクの出前で交通事故にあい

生死をさまよう大怪我を負ってしまったのです。

 

病院には青谷さんと従業員の両親が駆け付けました。

 

酸素マスクをつけ、苦しそうにして横たわる従業員を

両親はすがりつくようにして泣いているのを見た青谷さん。

 

後悔の念で胸がはりさけそうになりました。。。(x_x;)

 

『親孝行』を理念にやって来たけど、

従業員を危険な目にあわせて何が親孝行だ!

 

自分は人を殺すために商売をしているのか!?

ヽ(`Д´)ノ

 

たとえ、従業員のミスだったとしても、

そんな危険な目にあうような商売はしたくない!!

 

青谷さんは決断しました。(`・ω・´)

 

『商売の中心である出前をやらない!』と。

 

するとお客さんから多くのクレームが来て

下がってしまった売上げは店舗面積を広げたり、

店舗数を増やして補いました。

 

『坂東太郎』の原型が

この時スタートしたと思います☆

 

【働く人を幸せにしてやりなさい】

 

もう一つの壁は五店舗に増えた時の事です。

 

日本はバブル景気におどり、

人手不足になり始め、中核になって働いてくれていた

人たちが次々に辞めてってしまうのです。

 

これ以上、従業員を従業員を減らさないために、

従業員を夜10時には帰宅してもらい。

 

五店舗の掃除と仕込みを奥さんと二人でやるのです。

 

なので、終わるのが明け方近くになってしまうのです。。。

 

少しでも睡眠時間をとるために、

車で二人で寝ていました。

いつまでこんな生活が続くのか。。(T_T)

 

毎晩、店舗間を移動中に近くにある

母親のお墓参り していました。

 

墓石にかじりつくように『お袋、助けてくれ』と祈っていました。

 

深夜のお墓参り が三カ月くらいした時、

『洋治、おまえのところでは

働いてる人が幸せになれないから、

会社を辞めていくんだよ。

みんなを幸せにしておやり。。』

っと母親の声が聞こえた気がしたのです。

 

それから、全従業員を集めて

『まだ若い社長の自分では、

未熟でいたらないことが

たくさんある。どうか思うところを話してほしい。

みんなの話を聞かせてほしい』

と頭を下げたのです。(_ _。)

 

従業員から『靴で後ろから殴ってやろうと思った。』

など従業員達はこうな思いで働いていたと

初めて青谷さんは現場の思いを知ったのです。

 

これまで会社の規模を大きくすること、

日本一の規模の会社を目指していたのを止め。

 

『幸せ日本一』とし、人優先、幸せ優先の経営に

大きく舵を切ってから、会社がみるみるうちに

成長して、1994年当時10億円の売上高は

02には30億円、06では60億円と

失われた20年と言われた時期に成長しました。

 

その意味でも『坂東太郎』の

経営は本物だと思います☆(≧▽≦)

 

『坂東太郎』の社章には5つの

想い・宣言がこめられています。

 

①親孝行するぞ

②絶対幸せになるぞ

③働く仲間を大切にするぞ

④取引業者さんを大切にするぞ

⑤地域に絶対貢献するぞ

 

こんな素晴らしい社章だからこそ

四世代にも愛させるいい会社になったと思います。

 

『坂東太郎』にはさまざまな素晴らし仕組みがあり。

 

例えば毎年の入社式には親を招待し、

どんな会社かを知ってもらっています。

 

また、新人研修で初任給を両親に

渡すやり方を練習します。

 

正座をして

『お父さん、お母さん、初めてのお給料をもらいました。

これから親孝行をします。』

と言うだけですが三日間、徹底的に練習します。

 

『初めての給料は人生の大事なスタートです。

これを間違えると、とんでもないことになる』

という青谷さんの信念があるのです。

 

『先ずは産んみ育ててくれた親に感謝をする、

当たり前のことですが、その当たり前を続けていくと、

特別なことになるんです。』

と青谷さんは言います。

感謝をすることがとても大切です☆

 

幸せとは何かを知って実現している

ファミリーレストランです。

 

幸せを広げる会社びサービスをうける事は

自分の幸せにもなります。

 

自分の幸せ、大切な人の幸せになるには

幸せを広げる会社にかかわることが

一番いいですね☆:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

 

幸せを広げる会社を応援し増やし、

いい時代をみんなで創って行こう♪

 

平和につながる最初の一歩ですね☆:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

株式会社坂東太郎

~『幸せ日本一』のファミリーレストラン~

http://www.bandotaro.co.jp/

 







 

1%運動

~お金の流れが変われば世界が変わる~

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